こちら、キッカイ町立図書館フシギ分室・怪奇現象対策課! ~キッカイ町の奇怪な事件簿〜

こちら、キッカイ町立図書館フシギ分室・怪奇現象対策課! ~キッカイ町の奇怪な事件簿〜

last updateLast Updated : 2026-08-15
By:  牧田紗矢乃Updated just now
Language: Japanese
goodnovel12goodnovel
10
1 rating. 1 review
11Chapters
128views
Read
Add to library

Share:  

Report
Overview
Catalog
SCAN CODE TO READ ON APP

 幼い頃からのあこがれだった図書館での勤務が決まり、大喜びしていた私。  その目の前に現れたのは今にも崩れそうなボロボロの公民館でした。  しかもそこにあったのは図書館の名を借りた「怪奇現象対策課」なんて名前の怪しげな組織。  平穏なようでどこか奇妙なここキッカイ町で起こる不思議現象たちの真相を暴くため、日々奮闘しているらしいのですが……――。 「見てください。7Gですよ! 飛んじゃいけないものが飛んでます」 「み、みぃちゃんが溶けたっス~」 「どうしてお悔やみ欄に私の名前がっ!? 私まだ死んでないですー!!」  私を待っていたのは個性豊かな伏木分室の仲間たちと、怪異に翻弄されるドタバタな毎日でした。

View More

Chapter 1

第1話 図書館に配属されました!

【辞令          香塚こうづかたえ殿

 四月一日付をもってキッカイ町立図書館伏木ふしぎ分室への転属を命ずる。】

 上司から手渡された茶封筒の中身に目を通して、私は人目もはばからずガッツポーズをしてしまった。

 夕暮れで薄暗くなっていた室内がパッと明るくなった気さえする。

「やりました! やりましたよ先輩!!」

 私の歓喜の雄たけびを無視して、終業時刻に迫られた韮居にらい先輩はせわしなくキーボードを叩き続けていた。

 先輩なら一緒に喜んでくれると思ったのに……。

 なんだかつまんないなぁ。

「せんぱーい? もしもーし! 聞こえてますかー?」

「はいはい、わかったから。帰りにゆっくり聞くからね。こーづかちゃんもさっさと締めの作業しないと帰れないよ?」

 くるりと椅子を回されて、強制的にパソコンへ顔を向けさせられる。

 画面に映るのは不規則な数字の羅列。

 三年もやっていれば考えるより先に手が動くようになったけれど、いまだに夕方になると頭が痛くなってくる仕事だ。

 こんな表を埋めることよりもっと重大な事件がすぐ横で起きているっていうのに。

「先輩ったらイジワル……」

「はいはい。毎回尻拭いさせられるこっちの身にもなってみなさいよ」

「う……」

 私は返す言葉もなくなって手元の資料に視線を落とした。

 私、香塚妙は転勤族の父のもとに生まれた。

 小学校で三回、中学と高校でそれぞれ一回ずつ転校を経験している。

 おかげで友達ができてもすぐにお別れになってしまい、親友と呼べるほど長く深い付き合いには発展しなかった。

 そんな私が唯一親友のように思っている存在がある。

 本だ。

 本は私にいろんなことを教えてくれた。

 公園で見つけた花の名前も、同級生が知らないような難しい四字熟語も、美味しいクッキーの作り方だって。ぜんぶぜんぶ、本を通して学んできた。

 それに、本はどこへだってついて来てくれる。

 人間の友達は転校先へは一緒に来てくれないけれど、本ならいつでも一緒にいられるのだ。

 そんな私に転機が訪れたのは、二度目の転校の直後。小学三年生の秋のことだった。

「たえちゃんは本当に本が好きねぇ。大きくなったら司書さんになるのかしら?」

「ししょ?」

「図書館でお仕事をしてる人よ。本のプロ、って感じかしら」

 転校して真っ先に仲良くなった図書室の先生の話を聞いて、これだ! と確信した。

 その日の放課後、私は勇気を出して図書館に行ってみた。

 図書館は大人がたくさんいて入りづらい場所というイメージだったけれど、いざ入ってみるとそんなことは全くなかった。むしろその逆だ。

 それまで見たこともないような本棚の数と、それをびっちりと埋め尽くす大量の本。

 前の小学校で読んでいたけれど、今の小学校には置いていなくて読めなくなっていた本もすまし顔で本棚に並んでいた。

 ここは天国なんじゃないかと錯覚するような最高の空間だった。

 その日から私は「友達と遊んでくる」と親に嘘をついて図書館に通うようになった。

 嘘をついたのは「図書館に行く」と言うよりも「友達と遊ぶ」と言った方が親が喜ぶからだった。

 図書館に通い詰めた私はすぐに司書さんとも仲良くなった。

「私もいつか司書さんになりたいです」

 そんなような話をして、司書になるためには資格が必要なんだということを教えてもらったような気がする。

 その後は司書の資格を取ることを最優先に進学先を選んだ。

 司書になることがそう簡単なことではないと知ったのは、資格も取得しいざ就活となった時期だった。

 探しても探しても求人がないのだ。

 学生課の職員さんに例年の求人情報について聞いて初めて知ったのが図書館の求人数の少なさだった。

 正職員となれば多い年でも県内で数名。

 非正規の臨時職員ならその倍ほどの求人が出るが、中には契約更新をかけた現役職員も入ってくるので非常に狭き門であるらしい。

「公務員試験を受けて市役所に勤めて、そこから図書館に異動を希望するっていう手もあるらしいけど……」

 職員さんの話を聞いて、私は司書の求人に応募すると同時に公務員試験の勉強にも取り組んだ。

 そして、縁あって就職したのがキッカイ町の町役場だった。

 異動希望を出し続けること三年。

 ついに私の願いが聞き届けられ、念願の図書館職員への道が開けたのだ。

 私が語り終える頃にはカフェに入ると同時に頼んでいたコーヒーは冷めきっていた。

 韮居先輩はいつものように「はいはい」と相槌を打ちながら話を聞いてくれていたが、私の話がひと段落したと見ると言いづらそうな様子で問い掛けてきた。

「ところでさ、その伏木分室ってどこにあるの?」

「先輩ったらー、知らないんですかぁ? 先輩地元ここですよね?」

 からかうように返してしまったけれど、実は私も伏木分室の存在を知ったのはこの辞令を目にした瞬間が最初だった。

 というのも、私たちが勤めるキッカイ町役場のすぐ隣に町立図書館の本館があるのだ。

 図書館関係の用事はここへ行けば済んでしまう。

 いつか他の分館にも……という思いこそあれ、実際に訪れる機会がないまま三年が過ぎてしまった。

岡志奈おかしなと伏木の間に分室があるのは知ってるんだけど、あそこってキッカイ北分室とかそんな名前だったと思うんだよね。

 あとは名園なぞの布佳海ふかかいの間のキッカイ南分室? とにかく、伏木分室なんて聞いたことないなぁ」

 韮居先輩に言われて、そういえば役場の中でいつも聞くのは北分室と南分室の話ばかりだと気付いた。

「え……。じゃあ、本当に伏木分室なんてあるんですかね?」

 まさか騙された?

 不安を隠せず、すがるように先輩を見つめた。

「んー、こーづかちゃんは迷家まよいがって知ってる? 家のお化けみたいなやつなんだけどさ。それの図書館バージョンみたいな話、聞いたことがある気がするの」

「幽霊図書館ですか!?」

「断定はできないけどね。キッカイ町ここってそういうの結構起こるから」

 私の不安を煽るようなことを言ってから、しばし間をおいて韮居先輩が口を開いた。

「部長か誰かに話して地図もらってみた方がいいかもね。こーづかちゃん家どこだっけ? 伏木まで遠いんだったら引っ越しも必要じゃない?」

「うち、伏木寄りの岡志奈なので。こっちに来るよりは近くなるんじゃないかなぁと思うんです」

「ふーん。伏木台高校の奥とかじゃなきゃいいけどね」

 先輩の一言で私は顔をしかめてしまった。

 伏木台高校は、伏木地区のはずれにある山の上の高校だ。そこへ行くのには百メートルを優に超える長い坂を登らなければいけない。

「そんなところに毎日通わなきゃいけないなんて拷問と同じですぅ~」

「そんなこと言わないの! 高校生たちは毎日通ってるでしょ」

「あの子たちは若いもん……」

 私が口を尖らせると、先輩は呆れたようにため息をついた。

「二十代前半が何を言うかと思ったら」

「もう二十五ですー。立派なオバサンですー」

「こーづかちゃんがオバサンなら私はババアだねぇ」

「そ、そんなことないですよ?

 ……先輩にはたくさんお世話になりました。あと二週間、よろしくお願いしますね」

 大事なことを言い忘れていたと気付いて頭を下げると韮居先輩は一瞬表情を曇らせた。

 強引に話題を逸らしたこと、バレたか!?

「大丈夫? 熱でも出した?」

「先輩っ! 珍しく私が真面目に話をしてたのにっ!」

 笑いながらごめんごめんと繰り返す先輩の笑顔は、どこか寂しげだった。

Expand
Next Chapter
Download

Latest chapter

More Chapters

reviews

dddo
dddo
怪しげで楽しそうな職場です!
2026-07-23 16:57:46
1
1
11 Chapters
第1話 図書館に配属されました!
【辞令          香塚妙殿  四月一日付をもってキッカイ町立図書館伏木分室への転属を命ずる。】 上司から手渡された茶封筒の中身に目を通して、私は人目もはばからずガッツポーズをしてしまった。  夕暮れで薄暗くなっていた室内がパッと明るくなった気さえする。「やりました! やりましたよ先輩!!」 私の歓喜の雄たけびを無視して、終業時刻に迫られた韮居先輩はせわしなくキーボードを叩き続けていた。  先輩なら一緒に喜んでくれると思ったのに……。  なんだかつまんないなぁ。「せんぱーい? もしもーし! 聞こえてますかー?」 「はいはい、わかったから。帰りにゆっくり聞くからね。こーづかちゃんもさっさと締めの作業しないと帰れないよ?」 くるりと椅子を回されて、強制的にパソコンへ顔を向けさせられる。  画面に映るのは不規則な数字の羅列。  三年もやっていれば考えるより先に手が動くようになったけれど、いまだに夕方になると頭が痛くなってくる仕事だ。  こんな表を埋めることよりもっと重大な事件がすぐ横で起きているっていうのに。「先輩ったらイジワル……」 「はいはい。毎回尻拭いさせられるこっちの身にもなってみなさいよ」 「う……」 私は返す言葉もなくなって手元の資料に視線を落とした。 私、香塚妙は転勤族の父のもとに生まれた。  小学校で三回、中学と高校でそれぞれ一回ずつ転校を経験している。  おかげで友達ができてもすぐにお別れになってしまい、親友と呼べるほど長く深い付き合いには発展しなかった。  そんな私が唯一親友のように思っている存在がある。 本だ。 本は私にいろんなことを教えてくれた。  公園で見つけた花の名前も、同級生が知らないような難しい四字熟語も、美味しいクッキーの作り方だって。ぜんぶぜんぶ、本を通して学んできた。 それに、本はどこへだってついて来てくれる。  人間の友達は転校先へは一緒に来てくれないけれど、本ならいつでも一緒にいられるのだ。 そんな私に転機が訪れたのは、二度目の転校の直後。小学三年生の秋のことだった。「たえちゃんは本当に本が好きねぇ。大きくなったら司書さんになるのかしら?」 「ししょ?」 「図書館でお仕事をしてる人よ。本のプロ、って感じかしら」 転校
last updateLast Updated : 2026-07-20
Read more
第2話 怪奇レポート001.雲間に現れた二つの目・壱
「……あった!」 三月三十一日、快晴。 有休をとった私は、部長にもらった地図を頼りに一日早く伏木分室があるという場所へやってきた。 そこは危惧していた伏木台高校の山の上ではなく、私が住むアパートから歩いて十五分ほどの住宅街の中だった。 小さな公民館ほどの平屋の入り口に「キッカイ町立図書館 伏木分室」と書かれた木の板が打ち付けてあったのだ。 壁には大きなヒビが入り、屋根のトタンは錆だらけ。 一見すると廃屋のようなその建物に私は面食らってしまった。 地図を何度見返しても場所に間違いはない。 掛けられている看板の表記も新しい配属先と一致している。「行ってみるかぁ……」 不安に駆られながら公民館の引き戸に手をかけた。 ギィィィィと重い音を立てながら扉が開く。「おっ? お客さんっスか?」 私が建物の中を覗くよりも早く、奥の部屋から若い男の人がひょっこりと顔を出した。 十メートルほどの廊下をはさんで二人の目が合う。「あっ、あの……」「おつぼねさーん、お客さんっス!」 私が話し終える前に金に近い茶髪の頭が引っ込んでしまった。 代わりに、ショートカットで背が高いスーツ姿の女の人が廊下へ姿を現す。「何か御用ですか?」「あ、私、明日からお世話になる香塚妙って言います!」「ああ! 香塚さんね。話は聞いてます」 にっこりと微笑んだ瞬間の何とも言えない色気に、私は思わず見とれてしまった。「……魔性の女だ」「ん? なにか仰りました?」「いえ、こっちの話です! 今日はえっと、その、下見……? に来たんです。伏木分室って聞いたことなかったので」 素直に言ったら嫌な顔をされるかなと思ったけれど、女の人はむしろ歓迎してくれているようだ。 私を招き入れながら、さっき出てきた部屋へ案内してくれる。「わたしはここの館長をしています。小津骨です」「あ、おつぼねさん! 相談者さんだったっスか?」 さっきの青年がニコニコ顔で歩み寄ってくる。「怜太、あなたは仕事を進めてて」「……はいっスー」 怜太と呼ばれた青年は小津骨さんに叱られて肩を落としながら自分の席に戻った。「香塚さんの席はここね。隣から物が押し寄せてくるかもしれないけど、その時は押し返していいから」 そう言って案内されたのはあの青年の
last updateLast Updated : 2026-07-20
Read more
第3話 怪奇レポート001.雲間に現れた二つの目・弐
 人目をはばからずワアワア声を上げて泣いたのはいつぶりだろう。 泣いているうちにだんだん気持ちが落ち着いてきて、真藤くんたちが心配そうに私を見ていることに気が付いた。「ず、すみません……、取り乱しました」 ぐずつく鼻をすすって、ハンカチで顔を拭う。 泣きすぎたせいか頭の芯がズキンと痛んだ。「奥に化粧室があるから使ってちょうだい」 小津骨さんに促され、廊下に出る。 火照った顔に触れるひんやりとした空気が気持ちよかった。 公民館の奥にあったのは化粧室とは名ばかりの申し訳程度の洗面所だった。 そこの鏡に映った私は、マスカラもファンデーションも剥がれてもうボロボロで、目も鼻も真っ赤に腫れていた。 まさかこんなことになるなんて思ってもみなかったから、化粧ポーチには必要最低限しか物が入っていない。 とりあえず目の下にこびりついたマスカラを落として、ファンデーションとチークを重ねて誤魔化す。 予備として持ち歩いている残量の少ないマスカラを使ってアイメイクもどうにか誤魔化して。 口元はマスクで隠してしまえばわからないでしょう! ボロボロの顔と格闘すること十五分。 どうにか直視に耐える状態にまで復旧させることができたのでみんなのいる部屋に戻ろうと廊下に出た。 その瞬間だった。「カツラダァァァァ!!!」 突如響き渡る怒声。 私は驚いて、反射的に一度開けたドアを閉めてしまった。「アンタってば何も教えないであの子を寄こしたの!? 可哀想にずいぶんショック受けてたわよ? 前にも同じようなことやって怒られてるんでしょ!?」 小津骨さんの声だ。 誰かに電話をかけているらしい。 カツラダと聞いて思い浮かぶのは町役場で人事部長をしていた桂田部長だけど……。 部長は来年で定年を迎える古株。それに比べて小津骨さんはどう見ても三十代後半から四十代くらいだ。 常識的に考えて、あんな横暴な口をきける相手ではない。「とにかく! 彼女はうちで預かりますから!」 その言葉を最後に小津骨さんの声は聞こえなくなった。 私は心の中でゆっくりと十数えてから化粧室のドアを開けた。 大丈夫だ。小津骨さんの姿はない。 そのまま何食わぬ顔で事務所に戻ると、結城ちゃんが温かいお茶を持ってきてくれた。「香塚さん、ちょっといいかしら?
last updateLast Updated : 2026-07-20
Read more
第4話 怪奇レポート002.鳴き声だけの猫を飼う・壱
「四月一日。本日より新年度です! 私、香塚妙は念願叶ってキッカイ町立図書館、伏木分室で勤務することになりました!!」 出勤前、鏡の中の自分に向けて笑顔で唱えてみた。 けれど、それは事実と異なっている。 昨日見学した通り、実際は「怪奇現象対策課」という不思議な組織で、メインとなる業務はキッカイ町の中で起こる怪奇現象への対策を練ることらしい。 急にそんなことを言われたって私に生まれ持った霊感みたいなものはないし、なんなら昨日の空に浮かぶ目玉が人生初怪異だった。 そんな私に対して、伏木分室の館長である小津骨さんは一年頑張ったらきちんとした図書館で働くことができるように手配することを提案してくれた。 その餌に釣られて「はい」と答えてしまった私だけれど、目玉の怪異を見てからその決心は揺らいでいた。 私たちに課された使命はよくわからない怪異を相手に対策を考えること。 ということはただ観測するだけじゃなくて時には立ち向かって対決しなきゃいけないっていうことだよね? あんなモノたちを一年も相手にし続けていたら精神を病んでしまいそうな気がするんだけど……。「香塚先輩おはようございます」 今にも崩れそうな公民館の入り口で葛藤に揺れていると、後ろから声を掛けられた。 振り向いて目が合ったのは、白いフリルのついたワンピースを着た小柄な女の子。 同じ伏木分室に勤める結城ちゃんだ。「おはようございます」 挨拶を返しながら、何事もなかったように伏木分室の中へ入った。 少し埃っぽいような空気の臭いは図書館となんら遜色ない。 なのに、この空間には本も利用者も存在しない。 あるのはこの町で起こった怪奇現象の報告書とそれを分析した怪奇レポートだけらしい。「昨日の、すごかったですね」 結城ちゃんが噛みしめるように言う。 そうだ。そうだよね。 あんなモノ見ちゃったら怖くなるのはみんな一緒なんだよね。
last updateLast Updated : 2026-07-22
Read more
第5話 怪奇レポート002.鳴き声だけの猫を飼う・弐
「……ごめんなさい!」 私は慌てて頭を下げた。  みんなは不思議そうに私を見る。「ついてきちゃダメだって何回も言ったのに……」 「香塚さんのところの子なの?」 「たぶんそうです」 私が答えると、みんなは口々に触らせてほしいと言ってきた。  猫を連れ込んでしまったことを咎められなかったのはありがたいけれど、この状況をどう説明したらいいやら、と考えを巡らせる。  とりあえず足元に手を伸ばしてもこもこした塊を抱き上げ、膝に乗せる。「逃げないように捕まえておきますんで、どうぞ触ってください」 「え? 香塚さん?」 「いいから、触ってください」 私が言うとまず最初に小津骨さんが手を伸ばしてきた。「いるっ!」 猫に触れた小津骨さんは悲鳴にも歓声にも似た声を上げた。  次に結城ちゃん、最後に真藤くんが猫を撫でる。  三人とも反応はほとんど同じだった。「えぇと、うちの猫なんですけど、なんて言ったらいいのかな。透明? 鳴き声だけ? なんです。こうやって触れるようになったのはつい最近で……。だから今日も真藤くんに言われるまでいることに気付きませんでした」 私が説明すると、結城ちゃんは目を輝かせながら怪奇レポートの用紙を持ってきた。「香塚先輩、朝は怪異とか会ったことないって言ってたから珍しいなあと思ってたんですけど。ちゃんといるんじゃないですか!」 「え? ……あ」 言われてみればそうだ。  この町に引っ越してきてすぐの頃に出会って、姿は見えないままずっと一緒に暮らしていたから気にしていなかったけれど。  言われてみればこの猫も十分な怪異なのだ。「私、怪異って恐ろしいモノだとばっかり思ってて」 「あーありますよね、そういう先入観」 「この子も怪異ってことは退治の対象になっちゃいます?」 私は恐る恐る小津骨さんに聞いた。  姿も見えないし餌も食べない子だけれど、この子はこの三年の間生活を共にしてきた家族も同然の存在だ。「いいんじゃない? この子なら無害そうだし」 小津骨さんはそう言って他の二人に目配せする。  二人もこくりと頷いてくれた。「それよりワタシ、香塚先輩がどこでこの子を見付けたのか知りたいです!」 上目遣いで目を輝かせる結城ちゃんに気圧されそうになりながら、私は記憶を辿って話し始めた。「あれはたしか、私
last updateLast Updated : 2026-07-25
Read more
第6話 怪奇レポート003.蠢く見慣れた壁のシミ・壱
 伏木分室で働き始めて最初の一週間は本当にあっという間だった。 町の人たちから持ち込まれた怪異の目撃情報を取捨選択する基準だとか、みんなが書いている怪奇レポートの書き方だとか、そういう基本的なことを教えてもらっているうちに一日が終わってしまうのだ。「本当に八時間も経ってるんでしょうか」 お昼休憩に入るよりも早く、体感三時間ほどで終業時間を知らせるチャイムが爆音で鳴り響いた日、私は思わず尋ねてしまった。 まだ午前中のはずなのに、空は夕焼けで赤く染まっている。「経ってないんじゃないかと思います」「経ってないでしょうね。でもいいのよ。終業の鐘が鳴ったんだから」 小津骨さんは真面目で厳しい人かと思ったら割とゆるい雰囲気で働いているらしい。 結城ちゃんも真藤くんも、私だってゆとりを持って働けるのは大歓迎だ。 けれど、これじゃあいくらなんでも時間が足りない。 かと言って家に持ち帰って作業を進めるのは小津骨さん的にNGらしい。「香塚先輩って真面目なんですね」「外部の指導の人が来るのはゴールデンウイーク明けに決まったんだから、それまでは適当でいいのよ」 なんて言って小津骨さんは私の肩をポンと叩いた。 真藤くんは一人、部屋の片隅で虚空に向かって猫じゃらしを振っている。 姿は見えないけれど、猫じゃらしの先が不規則に揺れるのであの子がじゃれついているのだろうと思う。 猫はこの場所が気に入ったようで、最近はもっぱらここにいるようだ。 みぃみぃと鳴きながらみんなの足元に体を擦り付けては構ってくれアピールをするので余計に仕事が進まなくなっている。「スネコスリの正体って、じつはああいう子なんですかね」「かもしれないわね」「ワタシ、みぃちゃんみたいなスネコスリだったら大歓迎です!」 とろけるような表情で結城ちゃんが指を組む。 その様子はまさに恋する乙女。 猫は「みぃちゃん」という名前が気に入ったのか、呼ばれるとみぃみぃ鳴きながら飛んできてくれる。 結城ちゃんは姿の見えないはずのみぃちゃんをいとも簡単に捕まえて、その体に顔をうずめるようなしぐさをした。 そして、むふっ、むふっと含み笑いをしている。 ちょっぴり変態チックな後輩と連れ立って、私たちは公民館を出た。「そうそう、香塚さんにお願いした
last updateLast Updated : 2026-07-29
Read more
第7話 怪奇レポート003.蠢く見慣れた壁のシミ・弐
 改めて状況を整理すると、そもそもこの部屋に住んでいたのは目の前にいる赤い髪の男性ではなく、彼と一緒にバンドを組んでいた友人であったようだ。 友人がこのアパートに入居した時からリビングの壁にはシミがあった。 そのことは内見の時に大家からも説明を受けていたという。「ここに住み始めてすぐの時に来てるんですけど、タバコでも押し付けたのかなーってくらいのサイズのシミだったんですよ」 ところが、友人は半年ほど経った時にシミが大きくなっていることに気付いたらしい。 気になって濡らした雑巾でこすってみたけれどシミは消えない。 そうこうしている間にもシミはどんどん大きくなっていったので、友人はポスターを貼ることでシミを見えないようにしたそうだ。 ところが、壁のシミは友人をあざ笑うように、もぞもぞと動き回るようになったという。「自分たちは幻覚でも見たんじゃね? って軽く流してたんですけど、その怯えようが普通じゃなくて。でもクスリとかやるようなやつじゃなかったんで、シミのことを気にしすぎて精神的におかしくなったのかと思ったんです」 周囲は友人に精神科の受診をすすめ、彼も納得がいかないなりにバンドメンバーに連れられて病院へ行ったそうだ。 診断の結果は異状なし。 とりあえず、ということで不安感を取り除くような薬を処方されて終わりになった。「その頃だったと思います。ダチはライブハウスで一緒になった他のバンドのメンバーとかにもシミの話をして、不気味だから帰りたくない。泊めてくれ! って言って回るようになったんです」 周囲の人たちも彼のただならぬ様子を知っていたため生活に支障をきたさない範囲――二、三日ぐらい――ならという条件付きで彼を受け入れたという。 そうして知人の家を転々としていた友人だったが、ある時ライブで使う衣装やギターを持ち出すためどうしてもこの部屋に戻らなければいけなくなった。 その時に友人を泊めていたのが赤髪の彼で、アパートまで付き添ってくれるまでここから出て行かないぞという友人の強硬な態度に根負けして同行することにした。 およそ一ヶ月ぶりに一緒に部屋に
last updateLast Updated : 2026-08-01
Read more
第8話 怪奇レポート003.蠢く見慣れた壁のシミ・参
 私が駐車場に向かうと、真藤くんはすでに車のエンジンをかけており、今にも走り出したそうにしていた。「真藤くんってすごいんだね。あのシミを取っちゃうなんて」「おつぼねさんが言ってたんス。聖水ぶっかけて紙に写し取って来いって。でも、あのシミも聖水はヤベェって気付いてたのか逃げ回って大変だったっス」「え? あの間も動いてたの!?」 見たかった。 動くシミなんてそうそう見れるものじゃないだろうし。「紙見たらまだ動いてるんじゃないっスか?」「そうかな?」 ワクワクしながら足元に置いてあったアタッシュケースに手を伸ばす。 たかが紙一枚、と思う反面、それだけ厳重にしまい込んでおかなければいけないほど危険なのかなという緊張感も覚える。 ゆっくりとアタッシュケースの蓋を開けると、中にはひとつの瓶が入っていた。 よく砂浜に打ちあがっているボトルメールのような状態で中にあの紙が詰められている。 ひとつ違っているのは、その瓶の中になみなみと液体が注がれていることだろう。「あとの処理はゴールデンウイーク明けに来る人がやってくれるらしいっス。それまでコルクは外しちゃダメっスよ~」 中の液体はさっき使ったという聖水なのだろうか。 私が瓶の中の紙を覗き込むと、それに反応するようにもぞもぞと紙に移ったシミが動いた。「うわっ」 覚悟はしていたつもりだったけど、シミの一部が触手のように伸びて迫ってきたので驚いて瓶を取り落としてしまった。 その弾みできちんと閉まりきっていなかったらしいコルクが抜ける。「わあああああああああ!!!!」 足元に広がる聖水。 それと共に瓶から出てきたシミを閉じ込めた紙。 逃げられる! パニックになった私は反射的にハイヒールのかかとでその紙を踏みつけてしまった。 次の瞬間だった。 耳をつんざくような低いうめき声と共に、車内に煙が立ち込めた。 車を走らせていた真藤くんが急ブレーキをかける。 このまま私た
last updateLast Updated : 2026-08-05
Read more
第9話 ケムリを喰らう
 洗濯物を干そうとベランダを覗き見た時だった。 白いケムリがたなびきながら流れ込んでくるのが目に入る。 そちらの方へ視線を向けると、ベランダから身を乗り出すようにして夜の街を眺めている隣の部屋の住人がいた。 木井さんの旦那さんだ。 下の名前は知らない。 年は三十代の半ばって聞いたんだっけ。 背の高い彼は体を丸めて外気を遮るようにしてケムリを抱え込もうとしていた。 ――ああ、部屋で吸うのを禁止されているんだ。 木井さんの様子を見てすぐにわかった。 彼はほんのわずかなケムリでさえ惜しいようで、ケムリを追ってこちらのベランダへ身を乗り出してくる。「こんばんは」 私は偶然を装って洗濯物を抱えたままベランダに出た。「香塚さん。こんばんは」 木井さんはこちらに身を乗り出したまま大きく口を開けると、ぱくり、とケムリを口に含んだ。 喉を大きく動かしてケムリを飲み下す。 至福、とでも言うかのようにメガネの奥の瞳を細め、蕩けるような笑みを浮かべている。「寒くないですか?」「ええ。もう四月も半ばですし」 柔和な笑みを浮かべながら応対してくれる木井さんだけれど、メガネの奥には獲物を狙うような鋭い目がある。 木井さんはしばらくの間ケムリを追いかけては呑み込んでいた。「そういえば、聞きましたよ。今月から図書館で働かれているとか」「えっ……」 私は一瞬返答に詰まってしまった。 先月、図書館への異動を通知する辞令を受け取ってから伏木分室が図書館ではないことを知るまでの間に喜びのあまりいろいろな人に自慢して回ってしまったせいだ。 たしか、その中にはゴミ捨ての時に顔を合わせた木井さんの奥さんもいた気がする。「い、一応図書館の分室って扱いなんですけど、一般公開はしてないところらしくって……」「そうなんですか? でも、香塚さんは先月までより生き生きしてる
last updateLast Updated : 2026-08-08
Read more
第10話 怪奇レポート004.今日は笑顔の記念写真
「香塚先輩おはようございま~す」「おはよ~」「ゆーきちゃんご機嫌っスね」 いつも通りの朝。 ……のはずなんだけど結城ちゃんのテンションがいつもより高い。「何かいいことでもあったの?」 私が問いかけると、結城ちゃんはコクリと頷いた。「今日は全員が笑顔だったんですよ。占いで言うならハッピーウルトラ大吉? 一等賞? みたいな感じですね!」 結城ちゃん、さてはちゃんと占いを見たことがないな? とりあえず言いたいことはわかったけど。「みんな……? みんなって誰?」 私たちのことかと考えもしたけれど、私が勤め始めた頃からずっと伏木分室のみんなが朝から不機嫌だったことはない。 むしろ笑顔なのが通常運転だ。 それなら、通勤途中に出会った人たち? だとしたら嬉しいじゃなくて気味が悪いって感想になりそうだよね。「ワタシの家族です」「あ、御家族?」「ゆーきちゃんの家族っていっつも機嫌悪いんスか?」 真藤くんが心配そうに結城ちゃんの顔を覗き込んだ。「ううん、機嫌が悪いわけじゃないと思う」「じゃあどういうことっス?」「ワタシが大学三年の頃だから……、もう三年か。三年前にみんな事故で死んじゃったんです」 突然の結城ちゃんの告白に私は言葉を失う。 それは真藤くんも同じで、重い沈黙が私たちの間に立ち込めた。「事故の直前に撮った写真のデータが奇跡的に残ってたから、遺影の代わりに写真立てに入れて飾ってるんですよね」「その写真の表情が変わる、と?」 私たちの話に興味を引かれたのか、小津骨さんも話の輪に入ってきた。 結城ちゃんはにこっと笑って頷いて見せる。「いいことがある日は笑顔ですし、悪いことがある日は怖い顔になるんです。だから朝の占いみたいな感じで毎日見るのを楽しみにして
last updateLast Updated : 2026-08-12
Read more
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status